いい意味で、よそ者が来ること

0 Comments

今回で現地ボランティアは4回目(十八成浜は2回目)になりました。
今回は、畳出し、溝の瓦礫撤去、神社の草取りといった様々な作業を場所を転々としながら行いました。
暑い中でしたが、現地の方の「ここは15分で片付けるぞ!」「愛知ボラセンならできる!」「はい、3分経過~!」という威勢のいい号令のおかげで、元気よくみんなで作業することができました。

また、今回は以前参加した時に比べ、現地の方々とお話しする機会がたくさんありました。
コミュニティセンターでお会いした、名古屋の息子さんの家へ夜行バスで行く「とんでるばあちゃん」(注:私の表現ではなく現地の別のおばあちゃんが言った表現です)や超ポジティブシンキングの阿部さんの「仮設住宅が不便にできているから、頑張って早く仮設から出ようという気持ちになる」という話に、私のほうが元気をもらいました。

今回参加するまで、実は仮設住宅に入られた後の慰問活動の意義というものがよく分かっていませんでいた。
しかし、今回参加してみて、ボラセンで食事を提供することによって、バラバラに暮らしているみなさんが集まり、震災のことから世間話までいろいろな話をする機会ができること、そしてその大切さを知ることができました。
また、地域の方々同士が話すだけでなく、いい意味でのよそ者が来ることによって、知っている人同士では話せない話も逆にできることがあるというのを感じました。

また、改めて「愛知ボラセンってすごい」と感じる場面が多々ありました。
抜けない枯れた木があると、元自衛官で高いロープ技術を持っている方がロープとトラックを使って簡単に抜く。ヒルにかまれて何も分からず困っていると、山登りをされている方が「ヒルにかまれたらまず水で流しとかないと」と言ってミネラルウォーターで流してくれる。
活動中は、場面ごとに体力、知識、技術、経験等いろいろなものが必要になります。全てを兼ね備えた1人がいなくても、それぞれの得意分野を生かしてみんなで切り抜ける。

様々な職業、年齢、環境の方々が集まっている愛知ボラセンだからこそできることだと思います。

現地ボランティアに参加する→

新たな展開

0 Comments

前回と違い、復興という意味では確かにおどろくほどのスピードで町はきれいになっていました。

今後は、仮設住宅へ入居された方々のフォローをしっかりやっていかないということで、今回より仮設への慰問活動と、ちょっと何があるのか不安でした。
苦しさ、不安、さみしさ、など表には表さず自分の中に抱え込んでいる住民の方の心の声をどこまで、分かってあげれるのかと。。。

炊き出しは大盛況だった。しかし、積極的に集まってくる人々と、そうでない人々との差がどうしても生じてしまうことを身をもって実感した。復興支援を行う際には、大規模なイベントを開催し、それに満足しがちであるが、それだけでなく、イベントに来れない人は、どういう人で、どのようなニーズを求めているのか、といったことを個々に丁寧に把握するといった地道な支援も同時に行っていく必要があると思った。

ボランティアという形で被災者の方と交流したのですが、逆に元気をいただきました。自己満足の部分も多いかと思いますが、みなさんの「ありがとう、ご苦労様です」のお言葉は本物だったと信じています。人と人との助け合い、響感は人間の宝です。

帰ったら、まず家族や友人と話し合う機会を持ちたいと思います。伝えていきたいです。

現地ボランティアに参加する→

何にも変えられない経験

0 Comments

初めての現地ボランティアでした。
1万円を交通費等に使って非力な私が現地に行くより、 1万円を寄付する方がずっと被災された方の役にたつと帰ってきた今も思っています。

でも、何にも変えられない経験でした。

草むらの中から多量に出てくる瓦礫   女性物の靴 網 お菓子の包み紙 トタン 年賀状 畳 自転車 柱
家族の写真 あの日炊いたご飯が入ったままの炊飯器 普通の生活がここにあったこと

それが今はないというどうしようもない事実を全身で知りました。
どれだけの絶望だっただろう この絶望から抜け出ることはできるだろうか。作業しながら心が硬直していきました。

だから阿部さんの明るさに本当に救われました。自分の小ささを痛感しました。

どうして阿部さんにがあんなにも明るくいられるのか。心の底にあるものはどんなものなのだろうか。

私はずっと考え続けるんだと思います。

現地ボランティアに参加する→

立ち直ろうとする力

0 Comments

現地に到着した時の荷物の積み下ろし、がれき処理の時のがれきの積み下ろし等のときに「人間の絆」を感じることができました。「釘あるからね」とかちょっとの声かけが、とても貴重な声かけに思えました。

そしてもう一つ印象に残ったこととして、「人間の立ち直ろうとする力」です。がれき処理の時に様々な生活感を感じさせるものがたくさんあったし、現地の人も失ったものがたくさんあるとおっしゃっていたように、失ったものによって本当にどん底まで落ちてしまったことは想像が容易なことだと思います。そんな中での船を迎えた際に現地の人が笑顔で、集まり、励ましあっていた姿は、これこそが言葉では言い表せないし、テレビの画像では伝えれない「人間の立ち直る姿」というのを感じました。

現地ボランティアに参加する→

「人間を好きになれた」 そして 「自分を好きになれた」

0 Comments

一言でいうと、「人間を好きになれた」、そして「自分を好きになれた」今回のボランティア経験でした。
ボランティアといってもほんの2時間ちょっとの片付けで、どこまで本当の経験が出来たか分かりませんが、割れたガラスの破片、割れたり折れたりした壁や柱、モルタルのようなブロックの破片、重いタンスや学生カバン、さらにまだ買って間もなかっただろうと思われる薄型テレビなども出てきて。
こうした人々の平凡な生活を奪ってしまった津波の恐ろしさとそうした生活を奪われた人々の無念さを思うと大変複雑な気持ちになりました。
作業中、臭いや埃、そして釘が出ていたりガラスの破片があったりと、事前に伝えていただいたゴム手袋や防塵マスク、安全靴など、わずかな作業でしたが、やはり必要だと実感しました。
その点も丁寧な事前連絡のお陰と感謝しております。
行きのバスは、帰省ラッシュに伴う首都圏の猛烈な渋滞を経験でき、それによる日程変更を臨機応変に行っていただき、被災者の阿部ご夫妻のお話もじっくりと聞くことが出来たことはむしろ幸運と言う他ありません。
今回のような対応は、自分の気持ちにもピッタリフィットしていましたので、本当に参加して良かったと思っています。
それにしても、こうしたボランティアを運営しコーディネートしていく力は見事と感じました。
とても大変な仕事なのに明るく元気にやってのけていかれる久田先生をはじめとするスタッフの皆さん行動力にも本当に感心しましたし、そうした思いに応えて、協力していく参加者の皆さんの温かいハートにも凄く感動しました。
それが、前述したように、「人間って捨てたモノじゃない」「人間ってすばらしい」そしてそう思えた「自分自身が好きになれた」そんな素敵な経験を与えてくださったあらゆる方々に「感謝!!!」、今はその言葉だけです。

夜の阿部夫妻のお話を聞いていて一番印象に残ったのは、夫の恭一さんの「白山神社の神様を守るためこの十八成浜に残る」と語っていたことです。
あごに白い髭を蓄え、一見仙人のような風貌で、何か煙に巻いたような話をされるので、最初は「この人は、一体何が言いたいのだろう」と思っていました。
しかし、帰りのバスの中で、S4の方から、十八成浜の近隣の他の集落では、住民がいなくなって、その集落名が地図から消える所もある、と聞いて、恭一さんの話されていた言葉の意味が分かってきたような気がしました。
「2~4年で復旧しなければ日本は崩壊する」「復興ではなく復旧」という言葉や、
この弾丸ツアー中によく聞いたその他の言葉で、「重機を入れて瓦礫撤去をすればもっと早くて効率がよいが、手作業だから意味がある」そうした言葉を自分なりに、以下のように解釈し、理解してみました。

-----
重機で効率よく片付け復興したとしても、それで元の生活が帰ってくるわけではない。
そしてあの牡鹿半島のそれぞれの小さな集落は、たとえ今回地震がなくてもそれほど住みやすい便利な地域ではない。
若い人は都市部へ出て、高齢者だけが残り、私たち岐阜の山間僻地にも見られる「限界集落」のような所もあったかもしれない。
しかし、効率といっても、それはせいぜいここ100年ほどの「近・現代」という物差しを当てての効率に過ぎない。
もっと長いスパンで考えた場合どちらの方が効率良いのかは、今回の原発事故が収拾の見込みもたたない状況に陥っていることを見れば明らかではないだろうか。
人口の少ないこうした集落にも長い歴史(それこそ奈良時代からの)や文化や伝統がある。
こうした歴史や伝統を大切に守ってこうした小さな集落に先祖代々暮らしてきた人たちこそ、まさに、神が与えた自然環境と一体になって悠久の歴史の中を普遍的にまた、実は最も効率良く暮らしてきたのではないか。
-----

それが分からない行政が「大馬鹿者だ」と恭一さんが叫んだ気持ちはとても良く分かる気がしました。
ボクたちが何を守っていくべきなのか、という方向性も、今回のツアーで学べました。
そして、愛知ボラセンが、こうした行政の手が届かなかった十八成浜の地に入って、現地の人たちと人間関係を創って、様々なボランティアを展開していることはとても素晴らしいことだと思いました。

PS

ボクらが「効率良い」という言葉を使う時、本当は長い目でいろいろ手間のかかることがあるのを忘れて、あるいは、あえてそちらに目を向けないで(例えば原発はエネルギー効率が良い、という場合、放射性廃棄物の処理問題やもし原発事故が起こった際の対応の問題にあえて目を向けてこなかったように)そういう言葉を使っていることが多いと思います。今回初めて、ボランティアに参加しましたが、そういう意味でボランティア活動という、本当に手間のかかる(一見非効率的と思われがちな)仕事の意義が分かったような気がしました。

現地ボランティアに参加する→